大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)5330号 判決 1981年5月15日
原告
南海産業株式会社
右代表者
小喜多博文
右訴訟代理人
津乗宏通
被告
港湾冷蔵株式会社
右代表者
福井林右ヱ門
右訴訟代理人
河合宏
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一請求の原因1及び2は当事者間に争いがない。
二そこで、抗弁1について判断する。
原告が遅くとも昭和五四年七月二七日までに、ホーショクに対し、本件商品を売り渡したこと及び同日までに被告に対し、同商品につき、ホーショクを権利者とされたい旨電話したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、ホーショクは、同月二七日、本件商品を原告から買い受けた後、そのうち本件(一)及び(二)の商品をトーメンに、本件(三)の商品を住友に売り渡したこと、同日、被告に対し、電話で、以後、本件(一)及び(二)の商品については、トーメンのために、本件(三)の商品については、住友のために占有すべき旨を命じたこと、この際、トーメン及び住友は、本件各商品が被告に保管されていることを知つており、右買い受けを原因として、被告に対し、右商品の出庫方を再三要請したうえ、同年八月四日、被告からこれの引き渡しを受けたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
右によれば、本件商品の所有権は、原告からホーショクに、ホーショクからトーメンないし住友に売買により移転し、かつ、民法一八四条にいわゆる指図による占有移転によつて、同商品についての占有権も同様に移転したものと認めるのが相当である。けだし、本件商品についての売買は、当事者間の口頭の契約によつて成立するのであり、右占有移転のための指図も文書によるまでもなく、口頭(電話)によつて有効になしうると解されるからである。
ところで、右指図による占有移転は、第三者の承諾を要するのであるが、指図者と第三者間の合意に限らず、第三者から直接、受寄者に対して承諾することもできると解されるところ、ホーショクは、本件商品を原告から買い受けた後、トーメンないし住友に転売したうえ、被告に対し、その旨告知し、以後、トーメンないし住友のために占有するよう指図したのであるから、原告との間の合意により、または、被告に対し直接に、右の承諾をしたものと解されるし、トーメン及び住友は、前記事実に照らし、ホーショクから買い受けた時点で、ホーショクに対し、右の承諾をしたものと推認されるのである。
そうだとすると、トーメンは、本件(一)及び(二)の商品につき、住友は、本件(三)の商品につき、昭和五四年七月二七日、所有権及び占有権を取得したものということができる。
また、右所有権及び占有権の移転により、本件商品についての寄託関係も同時に変更(移転)されたものと解するのが相当である。もとより、指図による占有移転と、寄託物についての寄託関係の移転とは一応別個のものと考えられるべきであるが、寄託物につき、売買により所有権が移転されたうえ、指図による占有移転により、占有権も移転され、かつ、これにより、その返還請求権も譲渡されたとみるのが相当であるから、もはや、寄託関係のみを残存させておく実益がないと考えられるからである。そして、寄託関係が移転するには、受寄者の承諾も要すると解されるところ、前掲各証言によれば、原告からホーショクへ、ホーショクからトーメンないし住友への右指図の際、被告は、これをそれぞれ承諾したと認められるから、これにより、本件商品につき、原告からホーショクへ、ホーショクからトーメンないし住友へ寄託者も順次変更(移転)されたものということができるのである。
ところで、原告は、寄託者の変更は、現寄託者と新寄託者が連署した名義変更依頼書を受寄者に呈示することによつてすべきであると主張する。
<証拠>によれば、社団法人日本冷蔵倉庫協会は、寄託者名義変更事務処理要領として、寄託者名義の変更につき、寄託約款における通常入出庫に関する要件を充たし得る書類によるべきであるとして、右名義変更依頼書をもつてすることを原則とする旨定めていることが認められる。
しかしながら、<証拠>によれば、右のほかに、実務上は、電話、口頭等による方法も行なわれていることを現状では一概に拒否できないとしていることも認められ、<証拠>によれば、冷蔵倉庫約款には、その四条に、冷蔵倉庫会社は、寄託者または証券所持人が自己に対し、通知、指図その他の意思表示をするときは、書面によることを要求することができる旨定められているのみで、書面によらねばならないとまではされていないことが認められる。
また、<証拠>によれば、前記事務処理要領が定められるに至つた経緯は、虚偽の電話による名義変更依頼により事故が発生したことがあつたことに端を発して、これを防止する目的から定められたのであり、現に、書面によらなければ、寄託者の変更を認めない業者もいること、しかし、実務の実際としては、同一寄託物につき、遠隔地に居る者同士の名義変更の申し出がされることもあり、また、短時間内に、あるいは短日時に次々にその変更が行なわれることがあること、したがつて、一々書面による名義変更を貫くことは、不便かつ不可能であり、これに従つていては、商機を逸することもあること、そのため、電話による変更が実務上では頻繁に行なわれており、いわば慣行化されていること、被告は、前記日本冷蔵倉庫協会に加盟しているが、むしろ、これを原則とし、書面による方法を補完的にしていることが認められる。
そうすると、本来、契約の締結等は、口頭によつてしうるのであり、寄託契約もその例外ではないから、寄託者の変更のみを書面によらなければならないとし、これによらないものは、法的に無効であるとする根拠はないといわなければならない。
書面による名義変更を原則とする実質的根拠は、虚偽電話による事故の発生を防止すること、また、名義変更をより確実に行なうことにあると解されるのであるが、確かに、書面によれば、右の点が全うされることは見易いところである。しかし、そうだからといつて、直ちに、これ以外の方法による名義変更を法的に無効であるとする根拠もないといわなければならないのである。すなわち、書面によらなければならないとすると、口頭によるものは一切許容されない筋合であるが、直接顔をつき合わせた口頭による名義変更の場合には、虚偽電話による場合のような事故が発生することがないと考えられることに照らせば、これを許さないということに少しも理由がないことが明らかである。要は、事故の発生を防止することにあるのだから、書面によらない場合でも、これを防止する措置ないし事故発生に対する事後措置を構じておけば足りるものといわなければならないのであつて、事故発生の蓋然性のみから、電話による方法を排除しなければならないというものでもない。前記のような実務の実際に照らせば、なお更、電話による方法を許容しなければならない必要性があるものということができるのである。
勿論、電話によつた場合に事故が発生することが書面によつた場合に比し、多いことが一応考えられるけれども、これは別個の問題というべきであつて、このことから、電話による名義変更を無効のものと解することはできないのである。
三<証拠>によれば、原告は、昭和五四年七月二八日、ホーショクとの間で、原告とホーショク間の本件商品についての前記売買を合意解除したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
しかしながら、原告とホーショク間の合意解除は、ホーショクからトーメンないし住友に対する売買がされ、かつ、その対抗要件も具備された後にされたものであることは、前記のとおり、明らかであるから、原告は、右解除をもつて、第三者であるトーメン及び住友に対抗しえないものである(民法五四五条一項)。
そして、原告が昭和五四年七月二八日、被告に対し、本件(三)の商品につき、原告とホーショク間の売買を解除したことを理由に、原告を寄託者とされたい旨電話連絡したことは当事者間に争いがないところ、前記のとおり、本件商品は、すでにトーメンないし住友に売却されているのであるから、原告のみから、右の寄託者変更の申し出がされても、有効に原告に対し寄託者の変更がされるものではなく、また、これを原告からホーショクに対する指図による占有移転の撤回と解されるとしても、前記のように、すでに本件商品がトーメンないし住友に売却され、占有権まで移転された以上は、もはや、右の撤回も許されないといわなければならない。
そうすると、原告は、昭和五四年七月二七日、本件商品につき、所有権も寄託者たる地位も喪失したものということができる。<以下、省略>
(後藤邦春)
寄託商品目録<省略>